「地沢臨」症例1:20代男性

”安泰かチャレンジか、君が決めること”

 当院に来てくれているお母さんの紹介で来院。
疲れやすくて鼻水が出るという。
春の花粉症があるというが、今は冬なのでいつもと違う。
疲れは寝てもスッキリしないという。
仕事のストレスは特にない。
あえて言うならば、気持ちが不安定になりやすいという。
20代後半で家業の見習い中。

 横になってもらって診察に入った。
足はやや浮腫がある。同時に皮膚の乾燥もある。
経絡的にははっきりした異常はない。
腹はやや食べ過ぎだ。若いが運動が足らない。
胃の周り、肝臓の周りに脂肪が付いている。
接触鍼をあてて全体の気を見ると、首が重い。
頭も重い。
考えることが多いのか。聞いてみた。
「考えることが多くない?」
  「まあ、割と多い。」
「仕事のこと?」
  「そう、仕事をどうしようかと考えている。」
「それって?」
  「家業を継ぐか、自分で探してやるか。。」
「あ~そう。迷っている、、?」
  「まあ」
親は中小企業の社長で工場を経営している。
会社は順調に伸びてきていまも需要があるので安定している。
今は仕事を手伝っているが、今後どうするか、迷っているらしい。
若いから当然だろう。
外に出てやってみるか、残って将来社長になるか。

 起きてもらって、座ってもらいPTM易をやってみた。
聞いたのは「このまま会社を継ぐとどうなるか?」。
すると、「風火家人」、「地天泰」、「雷火豊」が反応。
これは、わかりやすい。意味がすぐに取れる。
つまり、会社を継ぐことを家族(=「家人」)が望んでいる。
そして、継いだら将来安泰(=「泰」)である、かつ豊かさ(=「豊」)を享受できる。
 
 それでは、逆に外に出て自分で仕事をするとどうなるか?これも易に聞いてみた。
問は「会社を継がずに別の仕事をするとどうなるか?」としてみた。
すると「天火同人」、「地沢臨」、「水天需」がでた。
これは、すぐにはわからない。すこし考える時間が必要だった。
「天火同人」は「風火家人」に対して出たのだろう。多分世間一般の人を意味する。
今後他人と多く関わる必要が出てくることを意味するのだろう。
家族の庇護を離れるので当然だ。
 次の、「地沢臨」は何か?通常、”見下ろす、臨む、面する、光臨する”などの意味がある。
家を離れると、今後多くのこと、多くの人に、”直面”して自力で対処しなくてはならない。
そのことを言っているのではないか。
でも、この卦は悪くない。
なぜなら、この卦は「消長卦」の一つで、別の意味もある。
少し説明すると、最初陰ばかりの「坤為地」があり、1爻に陽が出現すると「地雷復」になる。さらに1、2爻に陽がでてくると、この「地沢臨」になる。そして、1-3爻までが陽になると「地天泰」に変わる、このようにして全部の爻が陽になると「乾為天」になる。次は、1爻が陰に変わって「天風姤」になる。そのように、すすんで全部が陰になると「坤為地」に戻る。というように、12の卦が循環する。これを「消長卦」という。
この中で、「地沢臨」は陽が進んでいく時にあたるので、勢いがある、若い卦だ。
卦全体をみると「大震」とみれるので、動きがあり、活動的で、エネルギーがある。
進む力があるので物事を始めるには「吉」だ。
加えて、もう一つ3爻が陽にかわると「地天泰」になる。
つまり「地天泰」にはいかないまでも、将来その可能性があることを示す。
この点からすると、家業を離れても成功する可能性がある。
 最後の「水天需」は何か?
この卦は、”待つ、準備期間、英気を養う、時間がかかる”などを意味する。
会社を継いだ場合の「雷火豊」に対応して考えると、自分でやっていくとなると、”豊か”になるまで、そこそこ時間がかかることを意味するのだろう。
でも、それも当然のことで。最初から「豊」はありえない。
この3つの卦を総合的にみても、悪くない。
家に残らなくても、やっていけるだろうと判断できる。

 さて、どうするか?以上の点を患者さんに言ってみた。
会社にのこって”安泰”の道をすすむか、外に出て”若さの力”を試してみるか?
これは、その人の選択にかかる。易はサジェストするが、強制力はない。
結局、自分の人生は自分で選択することとなる。

 漢方は、疲れに対しての「当帰建中湯」を処方して、今回は終了とした。

コメント

●「地沢臨」は、”見下ろす、臨む、面する、光臨する”などの意味がある。「風地観」が”見上げる”ならばこの卦は”見下ろす”意味がある。実際の臨床ではそれほど出ない卦だ。以前「新しい仕事を始める際に、上司からの期待に面して答えられるか心配」というような時に出た。

●「十二消長卦」は、全部書くと順番に、「地雷復」→「地沢臨」→「地天泰」→「雷天大壮」→「沢天夬」→「乾為天」→「天風姤」→「天山遯」→「天地否」→「風地観」→「山地剥」→「坤為地」→元の「地雷復」、となる。それぞれに別の変化の意味が出てくる。

●今回は、2つの相反する場合をPTM易で聞いてみた。すると面白いことに、3つの卦がそれぞれ出て。それぞれが対応する関係になっていた。つまり「風火家人」⇔「天火同人」、「地天泰」⇔「地沢臨」、「雷火豊」⇔「水天需」。2つの反する場合をPTM易で聞くことはあまりないのだが、聞いた場合にこのようにきれいに相対関係が表れるのもあまりない。

●易はどちらの方向に行けばよいかのサゼスチョンを与えてくれる。この患者さんの場合、どちらも世間的には「吉」と判断できるので難しい。最終的には、選択は、その人の人生観が関わってくる。あくまでも、人生の決定権は自分にあるというのが易の思想だ。